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郁の会会報11号より
郁さんからの手紙

桜は咲いているのに、お空はまだまだ泣き虫。
梅雨と春と冬がみんな仲良くしてしまっている様な今日この頃。
会員の皆様、いかがお過ごしでしょうか。結果的に目が回る程忙しくなってしまった上半期の前半も終わり、様々な意味でいろいろとまた勉強させて頂きました。共演者やお客様、会員の皆様との交流により、叱咤激励も沢山頂きました。ホームページの掲示板へ書き込みをして下さったり、会場へ足を運んで下さった皆様、本当に有難うございました。

時は止まることなくいつも同じスピードで流れていきます。その流れが速いと感じたり遅いと感じたりするのは、私自身の中にある時計の狂い具合によるんだなあと思います。漠然と、『時の流れが止まってくれたらいいのに』と今まで思うことはあっても、「頼むからホントに誰かとめてぇ!」と叫びたくなる程切に望んでしまうのは、年齢(よわい)がまた一つ重なったため?いつまでも20歳ではないのだな(泣)。


さて、嵐の様な2月は去りましたが、またすぐに今度は台風の様な4月、5月そして6月がやって来ます。 嬉しい悲鳴でモーツァルト三昧になってまいりましたが、これが「いやぁ参った!・・・」にならない様にしなきゃと思いつつこの頃を過ごしています。彼が短調で書いた作品はもともと数えられる程しかありませんが、その貴重な短調で彼が語った言葉の重みや熱さは本当に深いものです。38年間という短い生涯の中でも、こんなに彼自身の生の心の声を感じられるのは凄いことです。 

期しくも今年上半期、その唯二の短調の協奏曲を、ウィーンで同時期に学んだ素敵な指揮者、金聖響氏と阪哲朗氏のお二人と作り上げる機会に恵まれました。大好きなモーツァルトでも大嫌いな曲だったニ短調の方は、聖響(と呼んでしまっているので敬省略で失礼!)のお陰で大好きになりましたし、今回の会報にも魅力と茶目っ気たっぷりの文章を寄せてくれた阪クンとの共演の曲、ハ短調の協奏曲は、この会報が皆様のお手元に届く頃、恐らく必死の形相で練り込んでいることでしょう。彼との共演も本当に楽しみです。


共演者というのは本当に大切で、その曲を好きにも嫌いにもしてしまいます(勿論お互い様の話ですが)。その好き嫌いは、来て下さったお客様に「いい曲だったわね。」「好きになったわ、この曲!」と感想を持って頂くのと同じかと思います。満足度には度合いがあるけれど、相方と本気でぶつかり合えたり、共感し合えた曲は大抵好きになれます。それが見えたり聴こえたりした時、きっとお客様にも伝わるのでしょうね。初めての曲との出会いの時に感じる『好き』は、恋愛の『恋』。2度3度と繰り返し再演していくうちに『愛』に変わったり嫌いになったり...。今年再び弾く機会を頂いたチャイコフスキーの協奏曲や、6月のリサイタルで再演するモーツァルトのハ短調の幻想曲とハ長調のソナタとは、果たして『愛』を深めることが出来るでしょうか。


そうそう、6月。モーツァルト第2弾のリサイタルでは、今回は短調とトルコに焦点をあてプログラムを組んでみました。『後宮からの逃走』は当時流行っていたトルコ風がたっぷりのオペラです。私は歌えませんから、当夜はピアノでその歌を聴いて頂きます。ピアノソナタ イ長調も最終楽章がかの有名な『トルコ行進曲』。一人歩きしているこの名曲の全貌は、彼の得意とする変奏曲形式の1楽章に、2楽章の優雅な踊りが続き、最後に待ってましたとばかりにこの曲が登場します。お楽しみ頂ければ幸いです。イ短調のロンドも名曲で有名ですが、ハ短調の幻想曲は初めて聴かれる方も多いと思います。どんな印象を持って頂くことになるのやら。三輪郁の料理で皆様のお口に合えば嬉しいです。

ひとつ、お詫びしなければならないことがあります。どうやっても日程とプログラムがひねり出せない故、例年だとこの時期にご案内させて頂くメインイベント『郁の会サロンコンサート』が出来ません。毎年楽しみにおいで下さる方々には本当に申し訳なく思います。ごめんなさい。日程の調整がうまくついたら、秋以降に実現出来るやもしれませんが。何卒ご容赦くださいませ。

本当は今のこのいい季節に飛んでいきたいウィーン! 夏には必ず訪れようと決めています。長年私たち姉妹の第二の我が家としてきましたが、妹の愛がお陰様でこの3月に修士課程(大学院)を最優秀で卒業しました。住み慣れたアパートを解約することになれば、ただの『旅行者』になるってことでしょうか。今までと少し状況が変わってくるかもしれません。そうだ、私たちのどちらかが、ウィーンの人と結婚すればいいんだ!(笑)想像は逞しく、現実は厳しく・・・(笑⇒泣)。

それでは皆様。春うららのひととき、お目にかかれるのを楽しみにしています!

東京にて 3月末    郁
郁の会会報12号より
郁さんからの手紙

『太った!』
まるでダルマにワカメのっけたみたいだ。これは「オオカミが来たぞ!」とは違い、
ホントのホントだ。

久しぶりにウィーンで一人ぼっちの生活を送っている。初めは涙するほど寂しかったのに、知らないうちに満喫している。掃除したり洗濯したりと、当たり前に人がやる事を恥ずかしながら久々にやってみたり、また食べ物が口に勝手に飛び込んで来てはくれないから、留学時代を思い出しつついろいろ工夫して料理なんぞもやってみた。結果、毎回作り過ぎで残せばいいのに全部食べる。そして…太った。

どうするのでしょう!9月からはまたドレスを着る機会が沢山あるのに!おまけに灼けて真っ黒!これはもう毎年のことだけれど、いったいどこの南国の島にバカンスに行ったお嬢様だか分かったモンじゃない。


7月一杯気持ちよく仕事をしていたと自負しているのに、なんと8月頭からウィーンに戻って2週間はまったく使いモノにならなかった。疲れがドバリンコンと溢れ出てきて、折角の母と二人の滞在の日々もひたすら寝こけて終わってしまった。ものを考えても何かと否定的、悲観的。自分では気づいていなくても、やはり人前でなんかするって事は大変らしい。

春風亭小朝師匠がある日、「3人以上の人の前でしゃべると知らずと心臓に負担が掛かるんだそうです。おまけに噺家は正座しっぱなしだから鬱血もするし、たまったモンじゃないですよ。」とテレビで話していた。プレゼンなどをしなければならないお仕事の皆さん、そういうわけです。加えて正座なんか絶対しちゃいけません。ピアニストも有り難いことに、3人以上の前というのは会場ではいつものことだし、椅子だけど座りっぱなし。練習も座りっぱなしでお尻は大きくなるし、やっぱりイイ事ない。昔、発表会でやっと1曲を仕上げて弾いていた頃はよく、右半分のお客様を感じるサイドだけ火照って緊張した (顔に負担?)。取りあえず最近はそれは無いものの明らかに運動不足になるからいっぱい散歩する。すると今頃の時分は新たな空気をお腹いっぱい吸い込みつつ真っ黒になってしまうという訳だ。


今回もウィーン近郊や町中で、例えばひまわり畑で「右向け右!」と言わんばかりに一斉に太陽を見ている花の様子や、見事なうろこ雲、立体的なかみなり雲や不気味な色の雨雲、はたまた何処まで抜けていくのだろうと思うような真っ青な空や美しい夕焼け、せーの!ジュボ!!と湖に消える夕日などなど沢山見た。まるまる太っているクセにちょうだいちょうだいと寄ってきて鳴く雀、「花より肉っ気」という恐ろしく生意気なヴェスペという蜂、夜中に人のベッドの上を飛び跳ねて散歩する緑色の綺麗だけど恐いバッタも見た見た!

ウィーンの1区の匂いと称する(我が家で勝手に命名)、町の中心部でしか感じることの出来ない?馬車のウマの・ン・の匂い。ひんやり感と共に漂う教会の中のロウソクの匂い。乾いたホコリの匂いまで嗅いだ。感じた。

幼稚園に通い初めの頃、置いて行かれるのがイヤで母に泣いてしがみついているのを先生に毎日ひっぺがされ、「お便り帳に『今日も来ました』のハンコだけ押したら帰りましょう」と毎日騙され、お部屋に連れて行かれて泣きじゃくってハンコを押しているとそのうちお友達が次々到着、興味をそそられるモノもそのうち見つけて…帰る頃には「まだ帰らない〜!」とごねていた。私は全くこの頃から成長していない郁ちゃんそのもの。1日どころか1ヶ月半もいるウィーン、もうお便り帳なんか無くたって先生に騙されなくたって『帰るのイヤだ』がとっくの昔に始まっている。


話は全く変わって『川の流れのように』。
もう読んでくださった方々はご存知の、小朝師匠の書いて下さった『やっぱりピアノが好き!』の前書きの冒頭のところだ。
この師匠の文章、本当に大好きで感謝しきれない!何故そんなに私のことが分かってしまってるのだろう…と思う反面、今本当に私が気をつけなきゃいけないことだわ、ちゃんと肝に銘じなければ、と始終読み返す。ところがもう一人、この言葉を昔から私によく言う人がいる。我がゴッドグランドマザー(名古屋の祖母)だ。

「あんたなんか川で泳いだことなんかないから分からないだろうけど、流れに反して泳ごうったって絶対に無理なのよ、実際。オリンピックで頑張った人達だってそれぞれどれだけいろいろな思いをしてきたか知れないけれど、流れ着いたところが結果なのよ。逆らったってダメ。斜めに泳ぎつつ上手く流されていかなきゃ。」

フム、川の流れには乗らなきゃいかんし乗せられちゃいかん。逆らうなんて以ての外で、その上弾くなんてとんでもない。なんかなぞなぞみたいだ。
下半期は大河に悠々とのはずが、また滝に打たれるか滝上りか…神様、転覆しないよう、どうか見守って下さい! アーメン。

ウィーンにて

肝ならば 銘ずるよりも 食したい  郁
郁の会会報13号より
郁さんからの手紙

3回目の「モーツァルト連続演奏会」が終わった。自らの誕生日の日にそのコンサートを設定し、終わったら美味しいお酒で喉を潤せるようにと、それはそれは気合いタップリのものとなった。打ち上げにご参加下さり、一緒に祝杯をあげて下さった皆様。前日当日後日「おめでとうコール」を下さった皆様。幸せな日をありがとうございました!


毎回毎回大きかったり小さかったりする、プレッシャーや期待、不安を抱えての舞台。楽屋に必ずあるテレビのモニターに映る舞台上のピアノや、プログラムを広げたり知り合いと挨拶したり何かささやいているお客様の後ろ姿を見て、またあそこに行ける! と思える時と、なんでいつもおんなじ風景の、あそこに行かなきゃ行けないの? と思う時とあるから不思議だ。

終わってしまえば人生の中ではホンの1ページにも満たないであろう時間なのに、どうしてこんなに毎度毎度浮いたり沈んだりするんだろう…。天才だ! と思った次の瞬間にはドドーンと落ちる…ああもうだめだ世界一へたくそなピアノ死んじゃいたい…てな具合に忙しい。心が。でもよぉーく考えてみれば、自分に出来る事が昨日から今日で天と地ほど違うなんて事はあり得ないのに、それでもまだ明日の奇跡を信じて日々を過ごし、もがき、そしてコンサートの日を迎える。どこか締め切りのある作家さんの世界に共通するところがあるのかな。でもモノを書く人のもがきは、きっと騒音にはならないだろうけれど、音楽家のそれは違う!周りで見守る人たちは、慣れてくればこそで、さぞやたまらない事だろう。


音楽ってつくづく不思議で素敵なものだなぁ、とあらためて思い、ずーっとその音楽に関わっていけるのは幸せな事だなぁと感じる。それは、プロもアマチュアも趣味の人も、クラシックの人もジャズの人も演歌の人にも言える事だろう。その音から広がる世界は、弾き手、聴き手によってもその一音から想う色や物語やにおいまでが千差万別で、そこからまたお互い刺激を受け合っていく。例えば、「郁ちゃんの弾くモーツァルトからは、シュニッツェル(編注:子牛のカツレツ、ウィーンの名物料理)の味とかあのワインの酸味とか、ウィーン郊外の森の風景とか町並みとかいつも浮かんでくるんだけど、この前の最初の曲はなんだかモーツァルトの内面の人間的な所を、聴きながら沢山想った。」という感想もあったし、その数日後には「いやいややっぱり、あれは紛れもないウィーンの冬の風景そのものだ!」というものも。

そんな具合に印象は本当に様々。前にも一度書いた事がある様に、演奏する曲目によってドレスの色を決定するのも私の主観だし、一つの曲の中でも万華鏡の様に音の色の変化していくさまにこだわる。心の中の引き出しが多ければ多いほど変幻自在になるけれど、その引き出しに突然鍵がかかった様に何も出てこなかったり、何かものが引っ掛かって開かなくなったり、錆び付いたりすることがある。そうなるとひたすら産みの苦しみだ。柔らかな心と己を信じる心のバランスをとるのって、何でもない時には考えもしないで出来てしまう事だけれど、人に何かを伝え、何かに磨きをかけて、研ぎすましていく事が仕事という人には共通の、永遠の課題なんだろうな。

ところで今発売中の小冊子、『詩と思想』(土曜美術社出版販売1,890円)3月号に、「五感をひらく」という特集が組まれており、図々しくも匂いでウィーンを想うというエッセイを書かせて頂いた。冬の教会の中にたち込めるろうそくの匂いとミサの声。ウィーン料理や温かい香草入りのワインの香り。ひとフレーズ弾くと思い出す、先生のお家の匂い等。春夏秋冬いろいろ思い出す匂いを書いてはみたけれど、冬に書いたエッセイのためか、或いはウィーンはやっぱりなにしろ冬の印象の強い街なのか、冬に関するものが多くなった。書きながら、蘇ってくる記憶と匂いと音とのつながりのおもしろさを沢山思い出した。


この冬に関しては、『冬型低気持ち圧配置』がたたったのか、初めてぎっくり腰になった! ピアノ等楽器に夢中になっているアナタ。また机に向かって一生懸命お仕事をしているアナタ。熱心な方ほど適度な運動を! 思い出した様に突然スクワット50回なんてやると腰に来ますよ。私今回それなんだから。5分とピアノの前に座って居られなくなり、これで5日後に小朝師匠とショパンのコンサート?! という危機。大慌てでカイロプラクティックの先生の所に駆け込み、3日で復活。骨盤補正ベルトを巻いたまま舞台でニコニコ。いろいろな事があるものですね。


さて、話変わって初夏。お待たせ致しました。2年ぶり『郁の会 サロンコンサート』です。今年は是非、来て頂ける皆様のお声、リクエストを多く取り入れたものにしたいと思います。遠慮なく、バンバンご意見お寄せ下さいね! お待ちしております。


最後に…朗報です!とは言っても身辺の話ではありません。
ホンの少しだけ、ショパン弾くの恐怖症が治ったかもしれません。ヤツも魅力的な作曲家だという事が解ってきました・・・乞うご期待!

2005年2月 東京 糸の切れた凧状態の 郁
郁の会会報14号より
郁さんからの手紙

満天の星空。ライトアップされて輝く教会のシルエット。永年見慣れたはずのこの姿を今年ほど優しく、美しく感じたことはなかったかもしれません。

皆様、いかがお過ごしでしょうか? 恒例の夏、第2の故郷を訪ねる旅に出ています。

今年は早速、フォルクスオーパーのトロンボーン奏者、クリストフ君(通称トロちゃん。トロンボーン吹きにはいい人が多いのだ!)のご好意で、あちこち車で連れ回して貰っています。
お天気にも恵まれ、行くところ行くところ快晴! 照りつける太陽は燦々と輝き、それでも木陰に入ればなんとも自然な冷房。快適そのもので、その上免許を持たない三輪姉妹がどうやっても行けない(或いは電車で行くとなるとエラく時間が掛かってしまう)所に連れて行って貰っては感動!の連続です。こんなにウィーンに長く縁のある私でさえ、今まで本当に全くと言って良いほど何も観ていなかったのだなとあらためて思ってしまいます。


まずは、こんなにも幸せな母子像を、私は生まれて初めて観たと思わず涙してしまったマリアツェルの教会。

教会の外側は清らかな白と優しいローズ色に縁取られ、一歩入れば中央の祭壇に祀られたマリアとその御子の、銀と純白に柔らかく輝くその像は、どんな混沌とした現実の中からやってこようと、ここに生を受けたことの幸せを思わずにはいられなくなるようなものでした。いろいろな人生があって、不幸だと思うことも幸福だと思う事もある中で、やっぱり大切なことは『産んでくれてありがとう、生まれてくれてありがとう』なのかなと、単純で、でもなんとも神秘的な人のある様(さま)を思わずにはいられませんでした。誇りに、幸せに満ちている姿は、本当に神々しく優しかった。感動しました。


そして後日、ぶらりとグラーツへ
昔、まだ私がウィーンの学生になりたての頃、ここでピカソだけの大規模な展覧会があり、それを見に来たことがありました。それがきっかけで私はピカソの虜になったのですが、その時もやはり車で、当時ウィーン国立音大で教鞭を執っておられた今井顕先生ご夫妻に連れて行っていただきました。まだまだやんちゃ盛りの私は、なんと、前の日に貫徹で遊んでしまった為、行きも帰りもガアガア寝ていて、街の様子も風景も何にも覚えていないという...今井先生にはヒドく申し訳ないことをしてしまったという思い出しか残っていない場所でしたが、今回変わりました! これまたブッたまげました。

まだまだ青々とした丘陵に牛や羊たちが放たれ、ハイジやペーターやユキちゃんが走っていそうな山が見える(いつもの事ながら他に表現が見つからないのです)高速を走り、街に着きました。世界遺産にもなっている古い町並みを時計台のある丘の上から見ると、イタリアやブルガリアでも見られるオレンジ色の屋根、屋根屋根。それも、みな高さが揃っていて、そこからところどころにニュッと出てそびえ立っている教会。荘厳とか堅っ苦しいとかではなく、間違いなくありがたい場所なんだな、という実感を即座に得たのはとても不思議な経験でした。

夕日に照らされた街は、長い歴史が当たり前の事のようにそこにあると感じ、今にも繋がっているという事を教えてくれました。ここグラーツはご飯も美味しいので有名なシュタイヤーマルクという州ですが、実際ポロッと入ったレストランの郷土料理もなかなか素朴で美味しかったです。どこの国もどこの街も、知れば知っただけ奥が深くなっていきますね。人とのお付き合いとおんなじです。


それから…グラーフ先生のお墓参りに1年ぶりに訪れました、初めてキツツキも見ました! 不思議といつも、お天気の悪い日でも、先生のお墓の前に佇むその時だけは雲が切れて日が差してみたりします。同じ事が、おじいちゃんのお墓参りでも起こるのですが。雨女撤回です。

今回グラーフ先生に語りかけたこと。「先生は、幸せだったの? 私にとって完璧に素敵だった先生でも、不満や不幸を感じる時はあったの?」おんなじ人生歩いていくなら、幸せと感じられる瞬間の連続であったらいいと思うのは、またまた欲張り発言でしょうか? 発見したり見失ったり、続けたり止めたり、努力したり諦めたり。いろいろなことがあります。夏の終わりはいつもそんな風に自分の事を振り返り、また秋からのシーズンに向けて力を蓄える。それが大分パターン化してきたようです。


大うつけモンの私はずーっと、こんな幸せな人生ない!とばかりに、いつ死んでも全く後悔もなければ、あのときに戻りたいと思うこともなく、青春時代を過ごしました。それからいろいろな経験をして、時間と歳をもう少し重ねてみたら、ちょっとだけ人生に対して否定的だったり臆病だったり、悲しみを感じたりするようにもなっていました。でも、ここ第2の故郷はいつも、東京から来たときの私に何が足りないかを沢山のものや場所が教えてくれている気がします。昔自分が幸せだ!って心から思っていた自信が、どこから生まれていたのか…そう、幸せは、自分で掴みにいくものかなって。

洪水の被害が酷く、寒かった気候からあらためて、夏日に少しだけ名残を見せ、今週は暖かくなっています。街ゆく人々も観光客から地元ウィーン人に変わってきています。もう、お休みはおしまい。でも私にはもう少しだけ、深呼吸の時間が残されています。へへへ。
                              ウィーンにて 9月1日  郁
郁の会会報15号より
郁さんからの手紙

3月2日発売の週刊文春。表紙の絵を見て、私のことだ! なんてタイムリー! と思ってしまった。アンデルセンのお墓に『赤い靴』。昔まだくるんくるんクセッ毛郁ちゃんだった頃に母に読んでもらった童話で、踊りの好きな少女が、足を切ってしまわない限り踊り続けてしまうという恐ろしい呪いの靴を履いてしまい、それでも踊ることの大好きな少女は死ぬまで踊り続けてしまった…そんなお話。「私、今赤い靴はいちゃってるの…。」と先日母と話して大笑いした矢先に出た文春。思わず買ってしまった。

正直言って、今ほどピアノを弾くってことが楽しくて仕方がないことが持続しているのは珍しい。またド〜ンと落ちる時期もやってくるであろうことは解っているのだけれど。もう身体が、脳ミソが、眼がもうダメ!って言ってる感じはあるものの、充実感があって面白くって、しんどいと感じない。それはいつかスパンッと「私もういいわ、ピアノやめる。」って言い出すのではないかと思うくらい楽しいのですから! やっぱり赤い靴かも。

様々な時代の、国際色豊かな作曲家達の生み出した作品達に触れ、一人で世界旅行して、タイムスリップしているみたいな気になっている今日この頃です。皆様、お変わりないでしょうか?
花粉も始まりましたね…。


夏の終わりに書くお手紙はいつもウィーンだよりになりますが、春はいろいろですね。

のだめの楽しい音楽の時間(!)、リサイタル、コンチェルト等々本当に沢山の方々にお誘い合わせの上お越し頂きました! 皆様に見守って頂いている、ということがどれだけ大きな支えになっていることか! 本当にありがとうございます。未熟ではあるんですけれど、楽しくって仕方ない!っていう今の私を聴いて頂けるのは本当に嬉しい。


いろいろなコンサートを体験しました。マンガの主人公になってみたり(のだめ)、モーツァルトとしゃべったり(連続演奏会)、毛皮の帽子かぶってロシア語の響きに浸ってみたりコサックダンスしてみたり(アレンスキー)、15年も前に弾いた協奏曲をまた紐解いてみたり(ベートーヴェン4番)、あるいは70年以上再演されず眠っていた素晴らしい邦人の協奏曲に挑む機会に恵まれたり(大澤壽人の1935年に書かれた作品)。なんて巡り合わせと出会い。友人、諸先輩達に心から感謝です。まだまだ、引き出しの中身が増やせると実感することが出来ました。

特に大澤作品に出会い、参考になる音源が何も残っていなかった、というのは私にとってとても大きな意味のあることでした。いいじゃない、郁の思う様にやれば。やったもん勝ち!と思えたこと。でもこれって、誰かの名演が残っているものでも結局は同じアプローチでいいんじゃない?って、初めて思えるきっかけをくれたのです。


もうひとつ、私にとって嬉しいのは、ベートーヴェンの4番の協奏曲。『ふふふっ、あの頃はあの頃なりの等身大で思いっきり勝負してたな、でも今ならこう弾くな。』という、ちょっとだけ強くなってる何か確信みたいなものが感じられるコンサートがあるってこと。また1年も経たないうちに全然違う演奏をしているかもしれないのですけどね。でも、それでいい。そうでなきゃ!って思います。その時の精一杯。

それから、求められると輝ける、そういう体質らしいことも解りました。そう、やっぱりピアノが好き!なのは、やっぱり人間、人が好き!ってことかな、と。探したり、問いかけたり理解しようとしたりということが、結局ピアノに反映するんだなって。これは惚レタ腫レタも同じことです...かね?でもただの受動態ではいられない。バランスかぁ。


春らしくなった頃、久しぶりにドイツでクラウス=ヴァイゼとの共演です。オーケストラ共演の機会を最初に作ってくれた人で、私を使って下さる最年長の指揮者です。厳しさと優しさの両方を持った、元気でわがままな人です。毎回楽しみです。若手指揮者との共演も一緒に何かを作り上げていく面白さがありますが、じいちゃんには胸を借りて、やりたい放題やってきます。

モーツァルトのこともまだまだ書きたいのですけど、それはまた次回のお楽しみに!
3月吉日 東京にて 郁
郁の会会報16号より
郁さんからの手紙

愛の挨拶。
このエルガーの名曲で毎回始める小学校、中学校を巡る旅も今年で何年目になるのでしょう。今年は安倍晋三さんの出身地、山口県内に行き8つの公演をしてまいりました。刈り入れの終わった田んぼの畦道に境界線の様に並ぶ、美しく赤い彼岸花や優しく揺れるコスモス。いつの間にか蝉とバトンタッチの秋の虫の音や赤とんぼ。お天気にも恵まれ、秋の訪れを知らせる空にはうろこ雲。いわゆる日本の、昔からあった風景に挨拶し、子ども達のびっくり顔、笑顔に迎えられ、爽やかな5日間を過ごせました。

皆様いかがお過ごしでしょうか?9月サロンコンサートの折にはまた沢山の方々に足をお運び頂きありがとうございました。その時にもお話しましたが、今年は本当に20年ぶりくらいに日本の夏の猛暑、湿気をスルーで体験致しました。秋の歌や名曲が日本に多いのは、ウィーンにとっての春の訪れの嬉しさくらい秋がありがたく、情緒も豊かになるってことなんだわ、と痛感致しました。その一方で、困った事に夏の間ちっっっとも練習モードに入れない。暑すぎるってのも考えものです。まあこれまたタマゴと鶏ではないけれど、暑いから練習しないのか、本番がないからしないのか、本番があったら違うのか・・・う〜ん。どうなんでしょう。楽器も湿気で悲鳴をあげてるし、でも相手してあげなければもっと機嫌が悪くなるし。こっちが悲鳴あげたいよぉ。

ピアノっていう楽器はまったく正直なヤツで、体調や気分で音が変わってしまいます。愛情をもって、いつもちゃんとその子(ピアノ)の声を聞いていれば最高に素敵に輝いてもらえる方法が何かみつかる。だから、いつも健康体で向かい合いたい。風邪とか疲れなどがヤツにはバレてしまうようです。欲をかいた時にはそういう音になるし!まったくお見通し。来年の夏には脱出したいな。

そういえば4月に行ったヨーロッパ。初めて訪れたライプツィヒの、バッハが勤めていたトーマス教会や、お金持ちメンデルスゾーンの家等々、なかなかいい思い出となりました。オーケストラ共演に呼んで下さったマエストロヴァイゼもお元気でしたよ!(またまた結婚してた!)

さて、まっちろだったはずの今年下半期のスケジュール表、アレレッと思っている間にまぁっっっくろになってしまいました。コンチェルトも沢山弾かせて頂く事になっちゃったし、今年250回目のお誕生日の某氏のおかげでリサイタルも!ところが・・・来年のスケジュールを見てみたら危惧していた通りなんにもない。モーツァルト生誕251年を祝いたい方、どうぞご一報下さい。

様々なテレビ番組等でも取り上げられているように、モーツァルトの音楽ったら本当に疲れない!聴いていても、弾いていても。だから、今年いよいよ迎えてしまう連続演奏会の最終回がとても寂しい。そこで一発奮起!12月21日の演奏会では「お、郁ちゃんとモーツァルト?いいね〜やるやる〜」というところで集まってくれた20名強の愛すべき仲間達と共に、最高にホットでほっと出来る時間を作りたいと思っています。ところがそんな彼らの活躍は本当に凄まじく、一堂に会するのはなかなか至難の業。翌日リサイタルとか前の日が地方で本番など多忙を極める中、なんとか練習の日をみつけ『お仕事』って感覚ではなく三輪郁のこの指とまれに応えてくれた貴重な人たちです。機会があれば次々と発展の可能性のある仲間。そんな仲間達とのコラボレーションが今からもう楽しみ楽しみ!皆様にもそのときを共有して頂けたら益々幸せです。

今回寄稿してくれた聖響氏(ホントは聖ちゃん、或いは聖響と呼び捨ててる)も同じく、「姉さん、やるぅ?」と声をかけてくれる嬉しい仲間。こちらも楽しみ楽しみ!素敵な文章、ありがとう!

そうそう、今年初体験した事がありました。
CD録音!これもモーツァルトさん、そしてのだめさんのおかげです。11月には2枚組ののだめ関連CDが発売される予定です。さて、私の音は何曲収録されているでしょう?
気持ちよく年が越せます様に。いい秋にしたいものですね。

2006年 秋の入り口にて 郁
郁の会会報17号より
郁さんからの手紙

昨年末まで月8回平均の、限界に挑戦みたいなコンサートの数に追われ、もういい加減赤い靴は脱ぎたいと心から叫んでいたら、神様が聞き届けて下さり過ぎて、本当に気も間も抜けたような新年。もう3ヶ月も過ぎてしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。しかし、去年のアマデウス、のだめ両氏の活躍ぶりはすごかったですねぇ!一過性のもののきらいはありますが、今年もちゃんとありますよ!のだめもアマデウス君のコンサートも。ああ、良かった。


さて、ホケホケするならどこでも同じと、2月末から3月半ばまでウィーンに出かけてきました。相当の寒さを覚悟して行ったにもかかわらず、まあなんと日本より一足先に春が訪れたがごとくに暖かく、色や形が桜にそっくりの杏の木にはそこここで花が咲き、ひばりが歌っていました。雨はよく降りましたが、雪にはならず、春一番にそっくりな突風の凄まじい日もありました。でも、日に日に軽装になっていく様子が本当に嬉しく、いかにもJ.シュトラウスの春の声が聴こえてきそうです。これからの季節が最高なのよ、本当は!
あちらでは、つい最近共演したウィーンフィル・コンサートマスターのホーネック氏夫妻(残念ながら、若きコンサートマスターのシュトイデ君は風邪でダウン、コンサートもひとつキャンセルせざるを得なかったようです・・・)、この4月に久しぶりに共演する日野妙果さん、妹の同僚のフォルクスオーパー(以下V.O.と略)の仲間達等と楽しい時間を過ごしてきました。中でもこのV.O.の連中との再開は、年2回しか行われない催しで果たされました。通常のオペラ公演が夜の10時に退けた後、なんと劇場内の出演者のカンティーネ(食堂!)にてブラスバンドに変身!今まで舞台で3時間近く吹いていた人たちが、手に手に楽器を持ち、バストロンボーン奏者がチューバのパートを吹き、ホルン奏者の一人が3番トランペット、もう一人がなんとアコーディオンを演奏、オリジナルの楽器奏者がこれに3人加わり、ブンチャカチャッチャブンチャッブンチャッと、お開きになったのが夜中の3時でした。お正月に、東京の我が家に遊びに来てくれたメンバーもいて、私はその日のオペラの演目は観なかったのですがたまたま折り良く行われたこの会に誘われて、やっぱりブラスはいいと、ビールを片手に最後は歌ったり踊ったり。(ん?またやった?)本当に最高に楽しい夜でした!


肝心のオペラ鑑賞は今回は2公演のみで、V.O.の演目はチャイコフスキーの音楽をたっぷり使った『アンナ・カレーニナ』という新作バレエ。これはもう本当に舞台も演奏も出演者も演出も衣装も何もかも素晴らしかった。この人の為にこの演目はあると思う程完璧な演技で主役に魅せられた私は、再びバレリーナになりたいなどとはさすがに思わず、口あんぐりでなんであんな格好になるんだろうとか、どういう風になっているんだろうとか、その究極の美にただただ感嘆して帰ってきました。
もうひとつは国立オペラ座でプリミエのかかった公演、マスネの『マノン』。あら、二人とも恋に生きた女だわ(余談)。これも最高の席で最高の音響で観る事が出来ました。というのは、その日の午後、あるお宅に私達姉妹とホーネック夫妻がお茶にご招待頂いていました。そこでさようならの筈がなんだかそのままホーネック夫人に拉致され、彼らの家へ!ウィーンから車で20分程離れた隣町の彼らの家にある立派な音楽ホールで大画面に生中継の映像を映しつつ、素晴らしい音も聴かせて頂いたというわけです。この公演、ホーネック氏がコンマスだったのですが、もう私がウィーンに入った頃にはチケットが完売。彼も必死にあちこち奔走してくれたのですがやはり無理だったため、こんな素敵な方法で観せてくれたのです。初めて聴いたこの音楽は、同じ題材でプッチーニの描き出した音の世界とまったく違い、私はとても好きでした。劇場でなかった分、音や声に集中出来たのかもしれません。こちらも堪能しました。


今回の滞在、もうひとつなかなか素敵な思い出が出来ました。私の滞在に合わせて、妹がとってくれた休みが3日続いているのを見て、どちらともなく「どこかに行きたいねえ・・・久しぶりに旅行しよっか?」始めはザルツブルクかどこか、近場でと考えていたのですが、ふいにお隣の国も近場に加わり、よし、イタリアだぁ!と盛り上がり、いきなり強行往復寝台列車泊の中1日で15時間滞在、ヴェネチアに行ってまいりました。ラッキーな事に行きの寝台コンパートメントは4人のところ私達2人で貸し切り。セクト(オーストリア産シャンパン)を1本持ち込み、プラスチックコップで乾杯し、『1本じゃ足りなかったね』などと大興奮でぬかしているうちに睡魔に襲われました。横になり、うつらうつらしていると、学生時代にコンクールだ、やれコンサートだと、よくこの寝台列車を利用してあちこち行ったなぁ。イタリア、ドイツやフランス、東ヨーロッパ、いろいろ行く度、国境の検問で起こされ恐い思いをした事等を思い出しました。EUになって、国境を通る面倒な手続きもなくなり、通貨のユーロが登場し便利にはなったものの、昔の個性豊かなヨーロッパの国々を懐かしく思うのは私だけでしょうか。飛行機も安いものが増え、そんな電車で行くより飛んだ方がという時代に暮す妹は、終始ベッドから落ちはしないかと心配していたようです。


さあ、ヴェネチアに到着が朝の8時40分。イタリア線にしては珍しく時間通りに着くと、朝日に映し出された水の都の美しさが、目に飛び込んできました。神様はそのまま私達に味方して下さり、その日は一日空の高く美しい、暖かい観光日和となりました。水と空と、建物とゴンドラと人と…。まるで旅行代理店のカレンダーの中に自分が入っているようです。あちこちで目にするムラノのガラス細工も色とりどりで綺麗!
アカデミア美術館で、もう500年も600年も昔に描かれた絵を見、そこには今もまったく変わらない風景があって、同じように人が歩いていて…。「もうなんか参ったねって感じだよね」と、終始二人してため息の連続でした。また97年に火事で焼け落ちてしまい、新たに復興されたフェニーチェ歌劇場にも足を運びましたが、ここで数々の名作が初演され、マリア・カラスやマリオ・デル・モナコのような名歌手が多く生まれたという空気を感じ思わず武者震いをしてしまいました。
次に訪れたのはサンマルコ寺院。中を見物しようと入ったら、荷物を預けろとうるさいおじさんがいて、ここで無駄な時間を取られてもと「お姉ちゃん先に見て来て。荷物もって外で待ってるから。次交代しよう。」と、姉思いの妹に促され先に一通り見て外に出たところで、サンマルコの鐘が鳴り出しました。聞き惚れていると、なんと、目の前で扉が閉まり、拝観終了。夕方5時までで、その刻を知らせる鐘だったのです!可哀想な妹は、もう3回もヴェネチアに行っているのに未だ寺院の中は見た事がないのです。ごめんね、愛ちゃん。
バカ高いと知りつつも、気を取り直して寺院の横にあるカフェでお茶を。ちぃぃぃちゃなエスプレッソが1杯8ユーロ!でも、ティラミスも、妹の注文したホットチョコレートも素敵に美味しかったです。何と言ってもあまりに突然決めて来てしまったため、持っているガイドブックは新しい方でさえ’02年発行。もう一冊は96年という古本で、ここは美味しそうというレストランも行ってみたらなかったり改築中だったり休みだったりとことごとくフラれてしまいましたが、昼も夜もエイッと飛び込んだレストランはどちらも◎。余韻に浸りつつ帰途につきました。帰りの寝台はしっかり4人埋まっていましたが、もうへとへとに疲れていた私達、乗り込んで15分後には意識不明。パルメザンチーズと生ハムも大量に密輸成功し、夢のような、たった1日の大旅行でした。


ヨーロッパにはヨーロッパの、日本には日本の美と文化と歴史と自然があって、分ってはいたもののこんなにも違うということをあらためて認識した旅でした。気候しかり、全世界的に何だか似たり寄ったりの感がありますが、そうでないもの、とっても大切な何かを感じた数週間の旅でした。そして今また一人で小さな私のお城に戻り、『何かを発するのは私で、相手はもう国境もなにもない、もっと大きな、全てを超えたものかも』と、自分の存在することのちっぽけさも、有り難みも同時に思う日々日常を暮しています。

2007年3月 東京にて 郁

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